地に春が来る

さわやかな新鮮な息吹を風が

心地よくすべてを包んで

新しい出会いに

新しい別れに

新しい希望に

 

――青葉にも例外なく、春は来た。

 

冬の寒さもやっと無くなってきて、もうコートもマフラーも要らない。

春っていうのはどうしてこう言い難いものなのか

後藤は考える。

去年の今頃は、うざったい先輩がいなくなるのをとても喜んでいた。

やっと俺たちが主役だと、どこか不安げにそれでも胸は新しい気持ちでいっぱいで

(俺もうざったい先輩なんだろうか)

ふと思う。

野球部の後輩たちの顔を思い出す。

なにかまだ頼りない後輩たち。

(あんな奴らで青葉は大丈夫なのかなぁ)

少し心配する。

しかし、それは自分の言えることでは無いのかもしれない、と後藤は思った。

 

墨谷――。

信じられない奴ら。

いきなりのし上がってきた奴ら。

なんか凄い奴らだった。敗けたとき、こいつらならもしかしたら全国を制覇するだろうと思った。

きっと、今年も墨谷は。

お願いだ。俺らを倒したなら、全国まで行ってくれ。

全国まで行って優勝旗持たないで帰ってきたらぶっとばすかんな。

 

 

「後藤」

少し高い、小さな声が自分を呼んだ。

校門にちょっともたれかかって、こっちを見ている。

小さい、小さい、青葉のエース。

小さい、小さい、元、青葉のエース。

(「まわりは変わっても、おめえの背だけは変わらねえよなあ」)

部活でよくからかっていた身長は、今日も小さくて。

きっと、ずっと、小さいのだろうと思う。

そして、きっと、ずっと、速い球を投げ続けるのだと思う。

 

一緒に校門を入って歩いていく。

まわりはなにか浮いている雰囲気で。花かざりが目につく。

しらじらしい飾りつけ。赤と白の布。しんとした雰囲気。

ずらっと並んだイス。ちらほらと大人。まだ乾いていない看板。桜。

 

――今日は、卒業式なんだよな。

 

佐野は押し黙って、下を向いたまま少し早足で歩いてゆく。

別に急ぐこともないのに。

――そうだ。そうなんだよな。

お前とここを歩くのも、今日で最後なんだよな。

お前と教室でしゃべるのももうないんだよな。

お前と野球することも無いんだな。

お前の背をからかうことも、もう、できないんだよな。

 

 

――後藤はゆっくり上を見上げる。

すんだ青空。満開の桜。

空の青さがなぜか、すごく、すごくまぶしくて。

 

 

三年間の、短かった三年間を、めいっぱい心につめて、

うれしかったことも悲しかったことも、楽しかったこともつらかったことも、ぜんぶ

ぜんぶ春の息吹といっしょにすいこんで。

ここでの三年間を共に過ごした、先を行く親友を追いかける。

 

 

End

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